まいぷれマガジン
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●Profile
1971年生まれ、北海道出身。Jリーグ・ジェフ市原のミッドフィルダーとして活躍。交通事故を機に、1994年からは車椅子バスケットボールの強豪・千葉ホークスに所属。2000年シドニーパラリンピック、2004年アテネパラリンピックと日本代表に選ばれ、9月6日から開催の2008年北京パラリンピックでは選手団主将を務める。「島谷ひとみさんの『Marvelous』を自分用のテーマ曲に持って行きます」
千葉ホークス http://www.chiba-hawks.com |
「オレ、世界に通用するな、って思ったんですよ。正直」
世界の強豪がしのぎを削るパラリンピック、2004年アテネ大会で年齢・技術共に円熟期を迎え、スポーツ選手としての目標は全て成し遂げたと感じていた。しかし、ある選 |
手との出会いが更なる高みへと京谷さんを導いた。
「車椅子バスケットボール・アメリカ代表のベテラン、トゥルーパー選手。全体を見渡して指示を出し、迷いのある若手にはアドバイスを与える。すると、チーム全員のプレーが劇的に良くなったんです。たった1人ベテランが加わっただけなのに。あれこそが次に目指すものだと思った。たとえスタメンでなくても、次のパラリンピックも日本のために闘おう、決意した瞬間でした」
どちらかと言うと自己主張の強かったプレースタイルを180度転換。自分を抑え、個々の選手の特長を引き出すことに集中した。所属する千葉ホークスの練習でも、日本トップレベルの苛酷なメニューをこなしながら、常にチーム全体に目を配りアドバイスを行う。
「チームのために頑張っているつもりだったんですけどね、いつの間にか自分自身の技術力も体力も上がっていました。37才になった今が、体もアタマも選手人生で最強です」
「北京パラリンピックの主将を引き受けさせていただいたのは、自分が主将をやれば車椅子バスケットボールの知名度や実績が上がると思ったから。やるからにはね、車椅子バスケットボールが日本の障害者スポーツの一番であってほしいからね(笑)」
目指すはナンバーワンのみ、根っからのアスリート体質は子どもの頃から変わっていない。
「パラリンピック初出場で緊張している選手には、『3回目だけど、オレも緊張してるんだよ』と、言っています。自分の弱さを認めて、助けが必要なら助けてもらうし、自分で努力するところは努力する。強くなるって、そこから始まるんだと思います」 |
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競技用車椅子を用いるバスケットボール。全国に88のチームがある(日本車椅子バスケットボール連盟登録数 2008年度現在)。ルールはバスケットボールとほぼ同じだが、障害の重い順に1から4.5までの持ち点が定められており、コート上の選手5名の合計が14.0を超えてはならない。「ボールのないところでの攻防こそが、実はいちばん大事。注目してみてください」(京谷さん)
北京パラリンピックの模様は、9/6(土)よりNHK教育・総合(再放送)にて放送予定(開会式 NHK教育9/6(土)21:00~、競技ダイジェスト『北京パラリンピック』NHK教育9/7(日)~16(火)22:00~22:50など)
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